舞台は昭和29年の神戸。地味で冴えない貧乏青年の主人公、天野太一(タイチ)はふとしたきっかけで、謎の男装の麗人テツオと出会います。殺害された老婆の幽霊が出る「幽霊塔」屋敷に隠された財産を一緒に探そう、とテツオから持ちかけられたタイチは、管理人として内部に潜入しようとしますが、時計塔に隠された秘密をめぐるうちにいろいろな猟奇な事件に巻き込まれます。
幽霊のように屋敷に神出鬼没する殺人鬼の正体探しや、屋敷の迷路の奥に隠された宝の行方をめぐり最後まで目が離せません。
物語は黒岩涙香の小説『幽霊塔』がモチーフとなっていて、江戸川乱歩によってリライトもされており、単行本は宮崎駿氏がイラストを手がけています。
乃木先生の醸し出すリアルに怪奇的な描写とは違って、宮崎タッチのイラストはフリーハンドでどこか温かみと懐かしさがあってなんとなくファンタジー、それぞれ異なった時計塔の世界が感じられます。
西洋風の屋敷という舞台が作中につきまとう奇怪さをよりダークにしています。それは時にはエロティックでグロテスク。まさにタイチの好きなカストリ雑誌のような世界観です。
初っ端から時計塔に磔にされた老婆の姿、次に主人公タイチのマドンナ的存在の女性の猟奇殺人。美しくて手の届かない彼女が幽霊塔の時計針にものすごいポーズで裸で磔にされているのは、初番からかなりショッキング。時計の針が動きととともに死のカウントダウンを味わうという、生き地獄状態を想像するだけで身が震えます。
息をつく暇もなくどんどん話が展開し、次、誰が死んじゃうの??という緊迫感がずーっと続いて、もう気がつくと時計塔の世界観にどっぷり引き込まれます。
心に闇を抱えた変態キャラが多すぎて、誰もが犯人に見えてくる
タイチが死番虫 (しばんむし)と名付けた、時計塔の殺人鬼はその得体の知れなさがなんとも怖いですが、素性が一応明らかな登場人物たちもかなり怖いです。
奇怪ゆえに誰が犯人でもおかしくないような怪しいやつに思えてハラハラの連続。話が進むにつれてそれぞれのキャラクターたちが抱える精神の歪やコンプレックスなどがどんどん浮き彫りにされて心理的な衰弱感と高揚感が同時に襲いかかります。
特に丸部 道九郎(まるべ どうくろう)は検事のくせに性格が破綻していて、実の娘への異常な執着ぶりと変態性。だんだん話が進むとそのブレない冷徹さと手段を選ばない非動さが逆に清々しくもあり、悪の自分を受け入れ貫きとおす姿がちょっと魅力的にさえ見えます。
丸部に負けず異彩を放っているのが、テスラ博士とその助手のQ(キュー)。二人とも素顔を見せない整形マスクなのが薄気味悪すぎます。しかし博士の違法な臓器移植行為や、ズレまくった信念に基づく医学の使命感のようなものがあって、なんとなく憎めない存在です。
いびつなセクシャリティや性のコンプレックス
2014年度の第14回センス・オブ・ジェンダー賞大賞を受賞した本作品は、自分の持つ性のアイデンティティやセクシャリティの歪みや欲望が、事件の謎ときの鍵となっています。
容姿端麗でクールで知的なテツオは男の装いをしながら実は女であり、女の子の服を着せられ女として振る舞わなければならなかった子供時代にトラウマがあり、性障害に悩まされ葛藤して生きています。
また、明るく正義感が強い一方、少年のような綺麗な肢体を持つテツオに心をときめかす少年愛好者の山科刑事や、実の娘に常軌を逸するほどの執着をする丸部。
性に対する解放、快楽、欲望、そして人間の心の歪みや醜悪さがストーリーの事件にうまく絡み合って展開する、読み出したら止まらないミステリーです。