「ランド」(1) (モーニング KC) 著者:山下和美
『ランド』は2021年に第25回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞された山下和美先生の近年の代表作です。
それぞれ別環境で育った双子の少女の成長物語ですが、見どころはそれだけじゃない。世界はいずれこうなってしまうんじゃないかって思わせる、生と死がテーマの物語です。
ドラマ設定とビジュアルの描写、そして人間観察の鋭さがいつも素晴らしい山下先生の近年の代表作『ランド』について少し詳しくご紹介します。
ダーク少女漫画と思いきや人間社会をえぐるテーマ
『ランド』は作品の予習なしに読んでしまうと、表紙のビジュアルで感じる印象とは違い、なかなか衝撃的な内容です。
カバーは作中の双子の少女の可愛らしいヒロインが獣の皮を被ったキャラと一緒に表紙を飾っており、ちょっとダークな日本昔ばなし風少女漫画、というイメージ。
なのに、内容は現代的な社会問題、狂気な集団心理などいろんな要素が詰まりまくって、きっと近未来はこんな世の中になっていておかしくないな、と少し空恐ろしくなってしまいます。
ストーリーは数百年前のような日本を思わせるような時代背景の小さな村、そこで生まれたとある家の双子の誕生から始まります。
その村では、人々は神を信仰し、神への生贄など残酷なしきたりや迷信が普通にある社会。そして双子の一人が災いをもたらすとして生贄に捧げられ、父親の捨吉は生まれたばかりの娘の一人、双子の姉アンを捨てに行きます。しかしアンは奇跡的に猛禽類の手に拾い上げられ、助かり山で育つことになります。
一方、妹の杏は双子の姉の存在を知らずして、父・捨吉の元で育ちます。一見平和に見える村の様子も、村の長の死による代替わり、凶を示す占いなどにより、人々の「平和」意識で繋がった集団に歪みが生まれ、村に混乱が巻き起こります。葬列で8年後に再会する父と捨てられた異形の子・アン、そして双子の姉妹の対面、運命は複雑に絡み合い、やがて村の秘密や「あの世」の存在が明らかになり。。。。
「この世」では50歳で寿命という不思議な世界観
杏がすむ「この世」の村では独特の世界観があります。
まず、50歳になると必ず人生全うして死を迎えるという不思議な現象があります。
50歳で「知命」様となって神となり「あの世」へ行ける。それは名誉なことであり、死を迎えた人の葬列は祭りのように祝われます。
なぜ50歳で必ず人生を終えるのか?という不思議な事実に村の人々は疑問を持たずに受け入れてます。
また、村を見守るようにして立つ4つの神の像の存在。日が沈むと村人たちは出歩いてはならない、寝静まったふりをしなければ、神に気づかれてバチが当たるとして、「闇夜」を怖がります。不条理であるのに、こうした闇の部分をあるがまま受け入れる村の人々。
それをなぜ?どうして?と疑問に思うのが好奇心旺盛な杏なのですが、村人達はそんな彼女を煙たがります。そして彼らは慣習や大衆と反する意見や疑問を発する勇気がないが故、居心地の良い責任のない集団の中に身を置いて、エキセントリックな存在を揶揄する言動を起こします。
何が正義で何が悪なのか、何が当たり前で何がおかしいのか。
恐れ多くも山の向こうの「あの世」や神の存在を疑問視する発言をしてしまう杏。
中傷やいじめにあっても、疑問を持ち続け、信念に向かって勇気ある行動をする杏。
読み手のこちらは、杏こそが現実的で道理的な、現代のヒロインに相応しい感覚を持っていると思うのですが、
現実社会において、果たして自分は杏のような勇気ある行動が取れるのか、と自問自答してしまいます。
好奇心や、疑問、勇気を忘れた人間は、まるで作中のその他大勢の村の人々と同様、集団に交わって同じ行動取るしかない無知な生き物なのではないか、そんな観念がいじめの加害者を産んではいないかなど、感じてしまいます。
漫画の中のファンタジーの世界で繰り広げられるドラマを通して、現代のいじめや人間の集団心理による洗脳、管理社会の脅威などの社会問題を投影するかのような作品になっています。
壮大な人間ドラマ設定とシンボリックなビジュアルの描写がすごい。
『ランド』に登場する象徴的なアイテムでは印象的なものがいくつかあります。
特に、「あの世」と「この世」のつなぐ乗り物である鷲の存在がシンボリックです。
物語冒頭から捨て子のアンをさらって空を舞い、解放し、アンに大きな世界を初めてみせた存在。
外の世界の植物の「種」を運び杏に放ったのも鷲です。
選ばれたものたちだけが乗れる鳥を操り、山の上を自由に飛び回る少女たち。未来と過去をもつなぐ架け橋となる原始的な乗り物の猛禽類の描き方がダイナミックで幻想的ジブリの世界も真っ青です。
村の大混乱の後、二人のヒロイン、杏とアンは「あの世」と「この世」でそれぞれ違った環境で思春期を過ごし成長してゆきます。
「あの世」で美しく成長したアンは、平穏な高校生活を過ごすも、自分を捨てた父親、その時選ばれた双子の片割れの杏に対しての憎悪と「この世」に対しての想いが消えない。
一方、村で揶揄されながらも力強く成長し、密かに文字を学びながら、あの世への思いを馳せる「この世」の杏。
それぞれ別の人生を歩む双子は離れながらも、お互いを惹きつけあい二人の運命がやがて交差します。
山下先生の人間観察は鋭く、脇を固めるキャラクターもそれぞれ感情移入できるほどの人物作りが際立っています。平治と平太の親子の物語や、和音の兄弟の物語、捨吉の過去、山之内家族など、それぞれ人々の思いが交錯しながら壮大なストーリーを織りなしていくヒューマンドラマです。